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新任店長取材第2弾! 今回も店長おふたりのインタビューをお届けいたします。

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1984年に当時のトヨタオート西埼玉に入社しました。当初の配属先は富士見店で、13年お世話になりました。そこでサービスマネージャーになりまして、その後上尾西口店に異動。以後、鶴ヶ島店と上尾店、与野本町店、再度富士見店に異動して、さらに大成店で6年働かせていただきました。大成店は、本社店舗ということで、当初はプレッシャーがありましたが、いざ働いてみるとやりがいのあるお店でした。

そして、今年浦和店の店長を拝命したのですが、サービス職からの店長昇格はしばらくなかったので、正直びっくりしました。このままサービスマネージャーとして働けるのかな、と思っていたところだったので。浦和店をまかせていただいて間もないですが、とにかくわからないところだらけなので、必死で仕事を覚えているところです。営業スタッフから店長になった方と違って、それこそ注文書の見方や作り方から覚えないといけない状態ですので。

浦和店は、個人的には縁が薄いエリアではありました。もともとこのエリアは、トヨタビスタ東埼玉のテリトリーで、どんな営業スタッフの人がいるのかもよくわからない状態でしたので、仕事もわからないし、人もよく知らないしで、不安は大きかったです。しかし、実際に浦和店に来てみると、現在の営業スタッフ3人、サービス5人全員が、とても付き合いやすく優秀です。土地柄としても、古くからの大きいお宅が多くて、お客様の人柄もどこかのんびりしていて、やさしい方ばかり。また、法人のお客様も多く、テリトリーとしては恵まれていると感じているので、そのポテンシャルを引き出せればいいなと考えています。

店舗の作りも魅力的で、もともとトヨタビスタ東埼玉の研修施設が併設されていたため、工場の設備が充実していました。2階建てとなっていて、道路から見た1階部分はショールームになっていますが、実はここは2階で下にサービスピットと車両置き場があり、屋上にも車両が置けるんです。スタッフの数に対して、広々とした店舗になっています。ぜひお近くの方は遊びにきてください。

今後の浦和店の方針ですが、社長の言葉ではありませんが「明るく楽しく元気よく」、店舗のよいイメージを作り上げていきたいです。そうすれば地域のお客様に喜んでいただけるお店になれると期待しています。全車種併売がスタートしましたが、まだ認知が完全に広まった状態とはいえないので、その部分もお客様にお知らせしながら、商談の機会を増やしていきたいです。



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1981年に、トヨタオート西埼玉にエンジニアとして入社しました。当時はスポーツカーが人気で、レビンのカローラか、トレノのトヨタオートかみたいなところがあって、トレノが好きだったのと、大型の車が少なかったというのもあって、トヨタオート西埼玉に応募しました(笑)。最初に購入した車は、もちろんTE71型のスプリンタートレノです。

もともと地元が東松山で、配属先も東松山店でした。その後上柴店に1985年に異動して、その後また東松山店にお世話になり、サービスマネージャーとして新規オープンした北上尾店に異動。その後本社のサービス部技術グループに異動して、28年間本社勤務でした。

入社当初は、新規オープンのお店を立ち上げることが多く、サービス職の異動も多い時期でした。そもそも現在よりも、1店舗あたりのサービス職の数も多かったです。というのも、当時の整備は納車引き取りが主流でしたので、どうしても1台あたりの整備にかかる時間が長かったんです。午前中にお客様のところで車をお預かりして店舗に戻り、整備を行って夕方から納車という流れです。お店のサービス工場の様子もいまとはずいぶん違っていて、当時の東松山店は6スペースくらいのサービススペースがあったのですが、リフトが入っていたのは4つ。ただし、リフトは2年目からしか使えないので、新人の私たちは、平場のスペースでジャッキアップしてウマをかけて整備する毎日でした。サービス全体で12-13人ぐらいのスタッフが働いていたのですが、そのうち検査しかしない検査員という職種や、部品の発注管理だけを行う部品係といった人もいました。当時はパソコンはなかったので、パーツリストから修理や整備に必要な部品を調べて、電話で注文する流れだったので、そのための専門職がいました。懐かしいですね。新人時代の思い出といえば、ライトエースです。洗礼というわけでもないんでしょうが、先輩方からライトエースをまかされることが多くて(笑)。ハイエースと同じでシートの下にエンジンがあるので、整備するにはちょっと手間のかかる車だったのですが、1年中ライトエースの車検や整備を行っていたので、2年目になるころにはライトエースのことならなんでもわかるようになったのも、いまではいい思い出です。それでも当時の車は、まだまだエンジンルームに余裕があったほうで、時間とともにどんどんエンジンルームが狭くなっていって、どんどん整備は難しくなる傾向にありました。とはいえ、トヨタの車はやはり整備することまで考えて設計されているので、まれに他社の車が入庫すると苦戦することもありました。「さすがトヨタだなぁ」と感心すると共に、恵まれているんだなと感謝しました。

本社勤務になって仕事の内容は一変しました。実際に車輌を整備する仕事から、新人研修やサービス職の技術レベルの向上を図るための教育、新店舗立ち上げ時の指定整備工場の認定申請や店舗で作業できない修理や故障対応の支援、リコール作業の取りまとめなど、多くの業務を行うことになりました。その中でも私個人の業務で大きなウェイトを占めていたのが教育で、トヨタ自動車が実施している検定試験のための研修を行っていました。トヨタの検定には、点検整備や故障診断に関する「トヨタサービス技術検定」と事故対応やボディー修理の見積もりなどを扱う「トヨタサービス技術検定エスティメーション」、接客技術やコミュニケーション能力にスポットを当てた「トヨタ業務認定」があり、それぞれに等級が用意されています。これらの検定を、店舗のスタッフが取得するサポートを行っていました。まずは、私がその資格を取得して、その経験をもとに店舗スタッフへ研修を行うという流れです。

本社勤務のサービス部からの店長職ということで、正直不安はありました。これは純粋に店長という仕事のことがわからなかったので、実際にやれるのかなというものです。と同時に、現場でサービス職もさせていただきましたし、本社勤務も経験するうちに、店長職に対する興味は生まれていたので、チャンスをいただけたのは本当にうれしい限りです。お客様に対する向き合い方という意味では、サービスも営業も基本的には同じですので、あとは、これまでの自分の経験をうまく生かしたいです。マイカーセンターは、1回限りのお取引になってしまうお客様が多いのですが、定期的にフォローしたり、信頼関係を築き上げることで、10人中ひとりでもふたりでもよいので思い出してもらって、ネットで在庫を見ていただいたり、ふらっと車を見に来てくださるお客様を増やしていきたいです。